私山田は小学生のころ、そろばん塾へ行かされていました。
ある程度は出来るようになったものの、3級ぐらいで頭打ちとなって、それからだんだんと塾へ行かなくなってきてた。
「そろばんへ行ってくる」と言って家を出て、友達と遊べる時は良かったけど、友達の都合がつかない時は時間を持て余してしまい、居場所がなかったのです。
そのとき小学校の非常階段が目に付きました。
「これ、登っていったら屋上に出れるのか?」
今はどうか知らないけど、当時の非常階段は自由に出入りが出来るようになってました。
ただ、最後まで登っていったらどうなるか、それは未知の世界でした。
忍者のように登ってみた
もう下校時間はとっくに過ぎていたので、学校には子供の気配はないけど、非常階段は校舎の外側に付いているので、夕日に照らされてシルエットで浮かび上がっています。
小学校の隣にはスーパーがあるので、買い物客がちょっと視線を上げて目を凝らせば、きっと私山田の姿は丸見えになってしまうと思いました。
そこで、忍者ごっこのように、しゃがみつつ、人の気配がないタイミングを見計らって、踊り場から踊り場へササッと移動して上がっていきました。
階段の途中では丸見えだけど、踊り場に行けば床があるので下からは見えないはずという目論見だったと思います。
人から隠れて移動するというのがとても面白く感じられて、上がるにつれて景色も普段見ない景色に変わっていくので、なんか自分が格好良いヒーローになったような気分でした。
さあ、屋上はどうなっているのか?
当時の校舎内の階段は、屋上へのドアだけは鍵がかかっていたので、屋上へは出ることは出来ませんでした。(これは友人たちと調査済み)
それなのに、なんと非常階段はそのまま屋上へスムーズに出ることが出来たのです!
「うわっすげえ!」
学校でオレしか知らない秘密だ! 禁断の屋上に来たのはオレが初めてだろう!
屋上はコンクリートで、へんな出っ張りの建物(校舎内階段へ繋がっているのでしょう)が1つあるだけで、恐ろしいことに子供の膝丈ぐらいの壁が周囲に立ち上がっているだけで、鉄柵もないのです。(校舎は4階建て)
私山田はしゃがんで端へ行くのが精一杯でした。そもそも周囲で立ち上がると、下から見えて見つかってしまう可能性もありましたから。
「行ってはいけない屋上へ、しかも放課後に1人で上がった」
という興奮はすごいものでした。
屋上にいる限り、他人に見つかることはないでしょうが、非常階段をまた降りる時、それは慎重にやりました。
でも、案外みんな上を見ていないこともわかりました。
そろばんサボって屋上へ!
このことは友達も含め誰にも話しませんでした。
そして、それからもそろばん塾をサボって何度か屋上へ行くようになりました。
「屋上へ行けるかどうかわからない」というワクワク感は最初の1回だけですが、「誰も知らない秘密の場所」というのは、子供の頃は好きなものです。
よく友達たちと秘密の基地ごっこしましたもの。
先生の巡回
しかし、そんなある日事件が発生しました。
いつもどおり屋上タイムを楽しんだ私山田は、非常階段を降りていきました。
すると、非常階段から校舎内へつながるドア(中から見れば非常口。ガラス窓半分で銀色のアルミ製)の窓に、何か動く気配がしたのです。
非常階段を上り下りするとき、下界の人の視線は注意していましたが、非常口の窓から中を確認することもやっていました。
「やべっ!」
と動きを止めて、そーっと中をうかがうと、廊下を先生が歩いていました。
しかも当時の担任のT先生でした。T先生は女性で、母親前後の年だったと思います。
優しい先生で私は好きな先生でした。
T先生は巡回なのかわかりませんが、廊下を向こう側に歩いていきます。(私には背中が見えている)
そのままさっさと階段を降りていけばいいのに、何故か私山田はこっそり先生の背中を見続けてしまいました。なんだったんだろう?
子供がいなくなったこんな遅くまで学校で仕事してるという驚き?
普段見ない先生の姿を、こっそり見ているということ?
黙って廊下を歩いていく姿がなんだか、先生が先生じゃなく、1人のただの大人に見えたような気がしたのです。
T先生はたしか小学生の子供がいると話してたし、その子からすると先生はお母さん。
先生は働いている1人の大人にすぎないという感覚?
私山田は思いました。
「見てはいけないものを見てしまった!」
何をって感じですが、当時の私にとっては見てはいけないものと感じたのです。
他にも理由はあったかもしれないのですが、そのときで屋上へ行くことはやめました。